劎南詩槀 (四庫全書本)
劎南詩槀 |
欽定四庫全書 集部四
劎南詩槀 别集類三〈宋〉
提要
〈臣〉等謹案劎南詩稾八十五巻宋陸游撰游有南唐書已著録是集末有嘉定十三年游子朝請大夫知江州軍事子虡䟦稱游西泝僰道樂其風有終焉之志宿留殆十載戊戌春正月孝宗念其久外趣召東下然心固未嘗一日忘蜀也是以題其平生所為詩巻曰劎南詩稾盖不獨謂蜀道所賦詩也又稱戊申己酉後詩游自大蓬謝事歸山隂故廬命子虡編次為四十巻復題其籖曰劎南詩續稾自此至捐館舍通前稾為詩八十五巻子虡假守九江刋之郡齋遂名曰劎南詩稾〈案遂字文義未順疑當作通名曰劎南詩槀〉云云則此本猶子虡之所編至䟦稱游在新定時所編前稾于舊詩多所去取所遺詩尚七巻不敢復雜之巻首别其名曰遺稾者〈案後村詩話作别集七巻盖偶筆誤〉今則不可見矣明羅鶴應菴任意録載郭用端家藏游墨蹟有蓬萊館二絶句又夜還驛舍二首皆具録其全篇核其詞氣確為游作其即在七巻之中者歟巻首又有淳熙十四年游門人鄭師尹序稱其詩為眉山蘇林所収拾而師尹編次之與子虡䟦不同盖師尹所編先别有一本子虡存其舊序冠于全集也游詩法傳自曽幾而所作吕居仁集序又稱源出居仁二人皆江西派也然游詩清新刻露而出以圓潤實自闢一宗不襲黄陳之舊格劉克莊號為工詩而後村詩話載游詩僅摘其對偶之工已為皮相後人選其詩者又畧其感激豪宕沈鬱深婉之作惟取其流連光景可以剽竊移掇者轉相販鬻放翁詩派遂為論者口實夫游之才情繁富觸手成吟利鈍互陳誠所不免故朱彛尊曝書亭集有是集䟦摘其自相蹈襲者至一百四十餘聨是陳因窠臼游且不能自免何況後來然其託興深㣲遣詞雅雋者全集之内指不勝屈安可以選者之誤併集矢於作者哉今録其全集庶幾知劎南一派自有其真非淺學者所可藉口焉乾隆四十六年九月恭校上
總纂官〈臣〉紀昀〈臣〉陸錫熊〈臣〉孫士毅
總 校 官 〈臣〉 陸 費 墀
劎南詩槀序
前輩有欲補詩史一字之闕終莫適其當者夫發言寓意未必惟一字之工或者窮思畢慮之弗逮人才相去乃爾逺耶太守山隂陸先生劎南之作傳天下眉山蘇君林収拾尤富適官屬邑欲鋟本為此邦盛事廼以纂次屬師尹亦既斂衽肅觀則浩渺閎肆莫測津涯掩巻太息者久之獨念吾儕日從事先生之門間有疑闕自公餘可以從容質正幸來者見斯文大全用是不敢辭劎南詩稾六百九十四首續槀三百七十七首蘇君於集外得一千四百五十三首凡二千五百二十四首又〈缺〉七首釐為〈缺〉十巻總曰劎南因其舊也文字傳襲失真類不滿人意其如此書得之所見有以傳信而無疑若夫發乎情性充乎天地見乎事業忠憤感激憂思深逺一念不忘君先生之志且有當世巨公為之發揮非師尹敢任淳熙十有四年臘月幾望門人廸功郎監嚴州在城都税務括蒼鄭師尹謹書
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